FEATURE 11

写真家・平野太呂は 今でも彼を探している

きっと誰しも、子供の頃に何かに夢中になった記憶があるはず。何もわからないままになぜだか惹かれ、時間を忘れてのめり込んだ大好きなモノやコト。平野太呂さんにとっては、それがスケートボードでした。
写真集『I HAVEN'T SEEN HIM』は、そんな彼の原体験に端を発する1冊。仲間とともに手探りでアメリカ文化を模索したいつかの少年。すっかり大人になった今、ふたたび向かい合ったかつての憧憬とは。

1987年、スケートボードーカンパニーのパウエル・ペラルタがリリースした3作目のスケートビデオ『The Search for Animal Chin』。当時中学生だった平野さんは仲間たちとともに小遣いを出し合ってこのビデオを手に入れたと言います。アニマル・チンなる架空のスケートボードの達人を探してボーンズ・ブリゲードのメンバーが旅をするというのが主なストーリーで、「HAVE YOU SEEN HIM」、つまり「彼を見たか?」という問いかけはその象徴的なフレーズでした。今回彼が発表した写真集はそのワンシーンで登場するハワイ・オアフ島にある大きな排水溝、「ワローズ」が舞台。平野さんの言葉に見る、この1冊ができるまでのエピソード。

ーー「ワローズ」を舞台に写真集を制作しようと思ったのはどんな経緯だったんですか? 「いつも気にしてはいたんですよ。『あそこ、どこだったんだろうな?』って。でも、実は最近までハワイに行ったこともなかったんです。観光地の印象に偏ってたからかな。だけど仕事で行くことになって、その仕事が順調に終わったから1日オフができたんです。一緒に行っていた編集者はサーフィンしに行っちゃったけど、僕はサーフィンはできなくて。それで『あ、ワローズってハワイだよな』って思い出して。どこにあるのかを友人に聞いて、行ってみたんです」

ーー実際に行ってみた感想はどうでしたか? 「さすがに当時のグラフィティは風化していたし、少し削られて道の形状は変わってたけど、ほとんど僕がビデオで観たままでした。誰もいなかったけど、ひとりで興奮しましたね。その風景を目の前にしたらむくむくと写真を撮りたいっていう欲が出てきたんです。とにかく暑い日だったので、Tシャツを脱いで頭に巻いて歩きました。ときおり上空をヘリコプターが通って、もしかしたら怒られるかも、と思って怖かったなぁ。撮影をしているときは周りの住人に話しかけられたり、たまにローカルのスケーターと遭遇したので少しだけ安心しました」

ーー実際に写真を撮って、写真集のビジョンがはっきり見えたんですか? 「はい。僕、場所にインスピレーションを受けることが多いんですよ。『ワローズ』も最初は場所に惹かれて写真を撮りたくなっただけで、落ちてる靴とかホウキなんかを撮ってたんですけど、それをしていくうちに、やっぱり気配みたいなのが出てきたんです。そのとき『あぁ、そうか。アニマル・チンを探すっていうストーリーに本当に重なってるんだな』と気付いて、今回の写真集のタイトルが思い浮かびました。以前『POOL』という写真集を出したときもそうだったんだけど、僕は割とこのパターンが多いんです。いつも直感とかただの欲求で撮るんだけど、撮っていくうちにそれが自分にとってどんな意味があるのかが言語化されていく、っていう。時間があると、人間って言葉で考えていくから。そうして補完されたのが、今回はアニマル・チンだったんでしょうね」

ーー子供の頃に『The Search for Animal Chin』を初めて観たときのことを覚えていたら教えてください。 「単純に出ているスケーターたちが格好良くてたまりませんでした。スケボーの仕方やファッション、態度、ちょっとした仕草にまで影響を受けました。パウエル・ペラルタのものは沢山買いましたよ。特にランス(・マウンテン)の板は何枚買ったか覚えてません。彼のスケートスタイルや行動から人柄を勝手に想像して好きになりましたね」

ーーこの写真集をDESCENDANTのパブリッシングレーベル、signから出版することになった経緯も教えてください。 「事の始まりは、(西山)徹と僕とで『何か作れないかな?』って話をしてたのがきっかけだったと思います。いろいろアイデアを出して、結局、僕らが初めてBMXやスケートボードを買った『サーカスサーカス』っていう店のショップTを作っちゃおうということになりました。カク(同級生で幼馴染のひとり、本郷覚さん)を呼んで絵を描いてもらおうって。そのとき、既に僕はワローズを訪れていて写真を撮りたいと思っていたので、これだ! と思いました。ワローズの写真集を作るなら徹と作ることに凄く意味があるな、って。話にオチがつくなと確信したので、そのことも提案したんです。だから、この一連の取り組みは僕たちの初期衝動の振り返りなんだと思います。そこを見つめ直して、自分たちなりに表現することでもう一度自分たちの身体の中に入れる、それでまた前に進めるっていう感覚が僕にはあります」

ーー今作にはボーンズ・ブリゲードのメンバーたちもコメントを寄せていますね。 「そうですね。本当に感激しました。僕にとってのスーパースターたちなので。彼らにコメントをもらいたくて、友達のタク(EL BURRITO'Sを主宰する竹村卓さん)を通してランスにメールを送ったんです。そうしたら『じゃあ、まだアニマル・チンを探してるヤツらに連絡しとくよ!』って返事があって」

ーー写真集発売と同時に開催された写真展ではトミー・ゲレロのライブ、『The Search for Animal Chin』の上映会、EL BURRITO'SとDESCENDANTによるワークショップなども開催されたり、すごくコンセプチュアルですよね。 「ゲレロがライブをしてくれるなんて、出来過ぎた話ですよね。ゲレロとは前々回のDESCENDANTのジンの撮影で新潟に一緒に行ったりした縁があって、今回彼の来日に合わせて何かやりたいね、と1年前から徹と話してました。それは僕だけだったらできなかったことだと思うし、徹やみんなの力を借りて、うまくパーツが集まりました。当時では考えられなかった大画面でのアニマル・チンの上映なんてワクワクしますよね。昔の自分に『30年後には字幕付きのアニマル・チンをみんなで大画面で観てるよ!』って言ってあげたいです(笑)」

ーー30年探し続けて、そろそろアニマル・チンは見つけられそうですか? 「まだまだ遠いですね。ずっと姿を追ってるけど、今も影しか見えません。近づけたかと思えば、1歩も2歩も先を行ってるんです。たまにアメリカのトレードショーで『俺がアニマル・チンだ!』っていうIDカードを首から下げたアジア人のオジサンがいるんですよ。でも僕は認めてません(笑)。まぁ、そういうジョークが成立するような存在なんですよね」

ーー平野さんにとって、アニマル・チンとはどんな存在ですか? 「きっと僕が小さい頃に出会ったスケートボードの魅力、そのものなんだと思います。憧れは遠くて手の届かないものですね。'80年代のアイドルみたいなイメージです。だからあんまり憧れには近づかない方がいいんです。そのほうが長持ちします」

ーー『I HAVEN'T SEEN HIM』をどんな風に観てもらいたいですか? 「この写真集に特に明確なメッセージはありません。人それぞれの受け取り方があるので、限定したくないんです。構図だったり光だったりで楽しむのもいいし、そこに何が写っていて何が写っていないのか、想像を巡らせてくれてもいいと思っています」

平野太呂 / TARO HIRANO
1973年生まれ、東京都出身。中学生でBMXに傾倒し、海外雑誌から少ない情報を得る中でスケートボードに出会う。武蔵野美術大学を卒業したのちに講談社でのアシスタントを経て、2000年よりフリーランスの写真家として活動中。スタンスはレギュラー。